ミュージシャンです

ザ・ドリフターズは、日本のミュージシャン、後にコントグループである。略称「ドリフ」。
1970年代から1980年代中頃をピークに、TBS系の『8時だョ!全員集合』やフジテレビ系の『ドリフ大爆笑』などのテレビ番組で活躍。現在もCM出演等で活動している。

ザ・ドリフターズは、日本のミュージシャン、後にコントグループである。略称「ドリフ」。
1970年代から1980年代中頃をピークに、TBS系の『8時だョ!全員集合』やフジテレビ系の『ドリフ大爆笑』などのテレビ番組で活躍。現在もCM出演等で活動している。
一般的には、いかりや長介が正式リーダーになった1964年のドリフ再結成以降(新生ドリフ)が知られているが、結成は1957年。
結成当初からいかりやがメンバー入りするまでは音楽バンドとして活動していた。
楽曲主体による音楽ネタなどを得意としており、テレビや映画出演が多くなるにつれ、コミックソング、コントやギャグが主体となっていった。
いかりやが正式リーダーに就任した2年後の1966年にはビートルズ日本公演の前座を務め、僅か40秒の演奏時間ではあったが、前座用のステージが別に作られていたにもかかわらず、ドリフターズだけはビートルズと同じステージで演奏した。
これをきっかけに、ドリフが注目されるようになる。
なお、加藤茶は、ビートルズの前座はしたものの、警備が厳しくビートルズのメンバーには会えなかったと語っているが、いかりやは自著で(ドリフ側が)舞台から退場するときにすれ違ったと記している。

いかりや長介がリーダーに就任した当時は、渡辺プロダクションに所属。
1979年より渡辺プロダクションより分社した「イザワオフィス」にいしだあゆみらとともに移籍した。
過去に所属していたレコード会社は東芝音楽工業で、デビュー当初より在籍していた。
また、「ドリフの早口ことば」及びドリフメンバーが歌唱に参加していない『全員集合』使用曲「『ヒゲ』のテーマ」「ドリフのわんダードッグ」は、渡辺プロの関連企業だったサウンズ・マーケッティング・システムから発売された。
前期バンド時代のメンバーは、当時のバンド移籍文化もあり、移り変わりが激しかったが新生ドリフになってからはメンバーはほぼ固定され、5人の構成が取られるようになった。
初期のメンバーには、現在、催眠カウンセラーの吉田かずおが在籍していた。
ただし、荒井注の脱退宣言の際には志村けんが正式見習いとして加入し、一時的に6人構成となった。

すわしんじの活躍ぶりにより、正メンバーではないが彼を6人目のメンバーと見なす解釈もある。
他に付き人は大勢在籍していたが、メンバーとして紹介されることは無い。
さらには、人形ながらもジャンボマックスがメンバー扱いされる記事も見受けられる。
いかりや没後には新メンバーを加入させる予定は無く、現在4人の構成となっている。
いかりやの著書によれば、いかりやは自分が加入した当初のドリフターズがそうだったように、荒井が志村に交代したような形でメンバーを徐々に入れ替え、自分のようにネタを創れる志村とすわを中心にした新メンバーでドリフを継続することを計画していた。